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浜松情報 表紙の人インタビュー

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人物アップ:「はまぞう(HamaZo)」ブログ運営やシステム開発、ネットワーク事業を中心に活躍する(株)シーポイント・野澤浩樹社長。市街地活性化の為に、斬新なアイデアを提案する。

地域と世界をITで繋ぐ  (株)シーポイント 代表取締役 野澤 浩樹 氏

━━ 平成8年に起業されて16年目ですね。創業当初は「IT」という言葉すら認知されていなかったですが。
我々はそれを肌で感じました。単なる変わり者としか扱われない時期もありました。
━━ その時代はどのような仕事をしていらっしゃったんでしょうか?
分かりやすいところでホームページ制作という形は有りましたが、私の思いとしてはインターネットを身近に感じて欲しいと思っていました。そして企業に対してはインターネットを使いながら、データベースを活用してビジネスに活かして欲しいと願っていました。
━━ いわゆるネットビジネスというものですね。当時のパソコンの使われ方はどのようなものでしたか?
「難しい」というイメージがありましたが、一般の方に普及させたいという気持ちが一番強かったですね。
━━ 最初は苦労しましたね。
本当に厳しかったですね。
私は、当時高価だったノートパソコンを持って、浜松のお店や企業を回ったのですが、「誰が使うんだ?」という感じで相手にしてもらえませんでした。パソコン購入を代行して、設置する事で収益を得るという感じで、例えばインクリボンが無くなると私が買って持って行くというところから関係を築き、インターネットのご案内をするスタイルでしたね。
━━ 当初からモノを売るのではなく、コンサルタントを絡めたような形だったのですね。
そうですね。それと平行して自社でシステムを作ってインターネット上に商品データベースを公開していました。すると、興味を持っていただける方は少なからずいて、そういう方に対し、インターネットの可能性についてデモをしていました。
そんな中、運良く、「浜松商工名鑑」サイトを作ろうとしていた浜松商工会議所の方が、地元の企業で出来るならと声を掛けて下さり、弊社がシステムを作らせていただきました。これが私共がインターネットのデータベースを使うシステムでお金をもらった初めての仕事です。
━━ 初めての仕事としてはかなり良い仕事ですね。そこから躍進していった訳ですね。
まずインターネットの仕組みを知って貰うのに苦労しました。1998〜99年頃、NTTドコモの iモードが登場し、携帯電話向けのコンテンツサービスを始めたのですが、「自分たちがメーカーになりたい」という思いが起業のきっかけでしたので、その辺りから独自のコンテンツサービスを提供し始めました。
もう1つの営業の軸が「レンタルサーバー」で、これが積み上がり、弊社の売り上げの 40% 程になりました。
━━ 売り上げの核になっている訳ですね。その後の推移は?
次に携帯の画像配信サービス、その次はイーコマースのシステムというように、売り上げが下降線になる前に次の営業品目を売り出すというスタンスでやってきました
そして7年程前、ブログサービスを立ち上げ、今はそれに加えて「テテル」に代表される「デジタルサイネージ」があります。

ブログの威力が広く浸透

━━ 「HamaZo」の普及率は凄いですよね。
ブログ自体の先駆け的存在でしたし、「はまぞう(HamaZo)」は、狭い地域に特化したのが良かったのでしょう。
━━ 現在の利用者は?
ブロガーさんは約25,000人います。
━━ 当然浜松ではナンバーワンですよね?
はい。沖縄の「てぃーだ」はもっと多く、80,000人程の利用者がいます。
━━ 以前、社長はこういったサービスを全国で展開したいとおっしゃっていましたが。
ブログサービスを沖縄で始めたのは、キーワードとして一番目立つと言う考えからでした。半年後には浜松でスタート。観光地でも製造業の町でも成功するという事例を作り、全国に展開したかった。
ブログとは謳っていますが私がやりたかったのは、ずっと変わらず地域の方々にインターネットを使った情報発信をしてもらう事と、コミュニティの形成なのです。それを実現する為には、全国区の何でもありというものではなく特色ある狭い地域のコミュニティを作ることが重要で、まず全国に点を作り、この点の結ぶ事で地域の交流を促そうという狙いです。実際に沖縄県と長野県が交流して「琉球おやき」という商品が出来ました。地域の人々のネットワークを広げる事が地域ブログの価値ですね。
━━ ブログの運営に関わる人々は全国に居るのですね。
年に数回「全国地域ブログサミット」をやっており、そこでは各地域の事例発表や顔合わせをする事で、リアルに地域間が繋がります。
━━ 現在、地域ブログは幾つありますか?
全部で45ヵ所あり、ほぼ全国展開できています。
昨年の震災では情報の伝達がうまくいかなかったり、正しい情報が発表されない事態が多くあり、「地域コミュニティ」が見直され、岩手県の大船渡や福島県の浪江町でもブログが立ち上がりました。このように本当に小さなエリアでこそ、情報発信ツールとしてブログは有効な手段と言えます。
━━ 震災を経て、災害時等にもITは必要なのでは?
地域、世代を越えたITインフラの整備は早急に必要だと思いますね。そのインフラの上に、情報を得られる仕組みも必要です。昨年、浜松に台風が上陸した際も、テレビは数字の取れる情報しか流しません。実際、馬込川流域等には避難勧告が出された訳ですが、情報を得ようとしなければ、洪水による被害に遭う方が出たかもしれません。年配の方々にも重要な情報を流す仕組みが不可欠です。
マスメディアでは追いつかない部分にスマートフォンやタブレッド等が役立つはずですし、効率よく、漏れなく情報提供が出来ると思います。地域ごとに必要な情報を全世帯に配ることも必要ではないでしょうか?IT技術というのは普段の使い道もありますが、災害時にこそ威力を発揮すると僕は思います。

情報活かす世界戦略

━━ 海外進出にも積極的だとお聞きしました。
東南アジアに広がりつつあります。「てぃーだ」や「HamaZo」と立ち上げてまずは日本全国を繋げて、その後に沖縄に会社を作ったのは、沖縄をアジアのハブにしようという考えからです。沖縄と日本、沖縄から東南アジアを繋げようという動きで、事実今、沖縄をハブとしてベトナムに浜松や九州、沖縄の方を連れて行き、企業をマッチングさせたり、ベトナムの方が来たり、タイを訪れたりもしました。
━━ この目的は?
海外でも地域ブログを展開していますが、まずは地域コミュニティを作り、人と物の流れを作る事が我々が一貫して持つ理念。言葉を変えれば物の流れは商品の輸出入、人の流れは観光に繋げるという意味なのです。これを発展させ、中小企業の海外工場進出支援やサンプル配布のマーケティング等も行っています。
━━ 今後海外にはまだ可能性がありますか?
人口が多い中国は、中小企業が相手をするには大きすぎる市場だと思います。全世界からあらゆる企業が進出しているので競争が激しい。しかし東南アジア各国は、今後人口が増える可能性がありますし、成長も期待される地域。日本だけを見るのではなく、世界に目を向ける事は大変重要で、例えば父ちゃん母ちゃんの経営をする飲食店が2号店を出そうとする先が、海外であっても良いと思います。
━━ そういった進出の手伝いもできるという訳ですか?
まず企業ではなく、消費者を囲い込む訳です。コミュニティを形成する人々に訴えかけて、地域に入り込んで信頼を得る。そこに向けて情報発信していく事で、活きた情報提供やマーケティングが出来ます。

市街地活性化へ一手

━━ 先日有楽街に「テテル」が設置されました。これからのデジタルサイネージの将来性はいかがでしょうか?
色々な使い方を想定しておりますが、一番重要なのは双方向の通信です。カメラやセンサーを使い、場所や用途に適した形で情報と届けたいという思いがありました。是非この先進的なシステムを使いこなして「浜松にはこんな素敵なお店がある」ということを知っていただきたいのです。
今はクーポンという形での提供ですが、今後はブログ等と連動して口コミ情報等も集めていこうと思います。我々が浜松でモデルを作って全国に持っていこうと。ツータッチでクーポン券が出るシステムは注目されており、実際に視察も来ています。
━━ 今後の夢はありますか?
シニアやシルバーの方々にもITを広げていきたいですね。また会社設立以来、ずっと夢に描いている事があり、それは浜松にデータセンターとIT交流サロンを作ることです。沖縄ですでに実現しており「てぃーだ」のリアル店舗で要するにコミュニティサロンです。浜松でも試験的にシニア向けのタブレット端末やiPhoneの勉強会を開催していますが、更に広げたい。浜松の中心部にこのようなコミュニティサロンを常設出来たらと考えます。常に最新のITに触れられ、教える側の若い世代とも交流できる、多世代間のコミュニティにしたいですね。活性化の為にもこうしたものが出来たら良いと思います。
━━ これからの目標は?
東南アジアの全てを線で結びたいです。先駆者が一番大変ですが、沖縄の次は東南アジアに拠点を置きたいです。そこから先は次の世代に任せますが、拠点を置き、そこにコミュニティを作るまでは私がやりたいと思います。
もう1つは、起業家を育成する事。地域や産業の発展に貢献できる、やる気のある人間を育てたいです。
━━ 社長の趣味は?
バイクですね。ハーレーが大好きで、去年の5月に沖縄から浜松まで一般道で走りました。6日間程掛かりましたが、高速では見られない景色が見られ充実していました。

幅広いご活躍をこれからも期待しています。本日はありがとうございました。

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